続。アンド補完。

あいつがそいつでの6回分で一区切りしたようなので一応補完。
ワクテカ。

2008.09.04.
困った時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第1回
「ねえ、今ここにあいつが――あ、ごめんなさい」
 病室に駆け込むなり切羽詰まった様子で叫びかけたそいつの声は、入ってきたのと同じくらい唐突に、拍子抜けしたように勢いを失った。
 爆弾のようなものである。着替えの途中の体勢で、トレーナーの襟首の内側からそいつを見つめて、こいつはただ呆然とするしかなかった。とりあえず首を通して左右に振り、髪を引っ張り出すと、
「う、うん。さっき来て、すぐ出て行ったけど。そこにあいついなかったですか?」
 戸口の外を指さして確認する。すぐさっき、着替えのためにあいつを追い出したところである。廊下に足音がしてからすぐにそいつが飛び込んできたのだが、あいつを素通りしてくるのも変だ。
 そいつは面食らって目をぱちくりしてから、開けっ放しの入り口から廊下を見、かぶりを振ってみせた。
「いないけど」
「そう。じゃあ、帰ったのかな。あいつ追いかけるのには反対してたし――」
「あいつを? 追う?」
 それをそいつが言った時、こいつはちょうどズボンを履こうとうつむいていたため相手の表情は分からなかったが。声からは、はっきりとこんな気配が伝わってきていた――なにを馬鹿なことを?
 着替えを終えて、こいつは改めてそいつに向き直った。身支度を調えながら言い直す。
「あいつ、今度はひとりで旅をするって言って、そこを出て行ったんです。でもそんなに急いでる様子もなかったから、追いつけるかなって」
「急いでる様子もなかった?」
 さっきから繰り返しばかりを口にするそいつに、こいつは逆に疑問符を浮かべた。訊ねる。
「なにかあったんですか?」
 すうっ……と、そいつの深呼吸の音がはっきりと聞こえた。そいつは目を丸く見開いたまま、なにかに耐える仕草で両手を揉んでいる。長い黒髪は珍しく乱れ、顔色も――申し訳ないが――ひどいものだった。あの戦闘に参加した魔術士たちの例に漏れずそいつも負傷していた。その治療の疲れもあるのだろうし、聞くところによると戦死した魔術士の中には、そいつの友人や家族までいたらしい。そこにまたひとつ別のものが加わったのだとこいつは直感した。
 そしてこれは勘に頼るまでもなかった。あいつが関係している。

2008.09.05.
一度普通に書いたものを後で機械的に置き換えてるだけなので色々使い方がおかしいのは仕様な時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第2回
 こいつはベッドの上に丸くなって寝ている黒い子犬を抱き上げた。小さいが確かに存在するその塊を暖めるように胸に抱える。
 それを見てそいつはまたさらに虚を突かれたらしい。
「その犬は?……ちょっと待って。なんで病院に犬がいるの。あれ? なんで着替えてるの? あいつは――」
 今さら思いついたように疑問を重ねていく。途中で遮って、こいつは答えやすいものから答えていった。ディープ・ドラゴンについては今話す必要はないだろう。
「退院しようと思って」
 と、荷造りを済ませた鞄を示す。
「気力が回復したら出て行っていいって言われてたから」
「そりゃあ、医者からしたらそうでしょうけど」
 そいつは呆れ返ったらしい。腕組みし、滔々と語り出すその姿は、そいつが教師だということを思い出させる。
「あなた、精神融合していたディープ・ドラゴンから無理やり引きはがされたのよ。そう簡単に回復するわけが……」
「あなただって銃で撃たれたのにもう歩いてるし」
「そりゃそうだけど」
(自分のことは別だと思ってるのよね、魔術士って)
 今度はこっそり、こちらが呆れる番だった。とりあえず、医者が退院してもいいと言ってるのだからそいつが止めるというのは筋違いだろう。
 それでもそいつは頑なな眼差しで睨みつけてくる。それで理解できた――止めたいのは別の理由があるからだ。
 背後の入り口を見やってから、そいつはこいつの間近にまで進み出た。声を抑えてそっと告げてくる。
「貴族連盟は、あいつを王権反逆罪で告発した。結果は有罪。あいつやあいつが最後まで抵抗したけど……《十三使徒》が解体されて、あいつも騎士位を失ってるし、あいつ自身も同罪に問われてるしね。どうにもできなかった。こんなに早く結審なんて――」
「王権反逆? どうして?」
 話の途中だったが、呆気に取られて声をあげる。
 神妙に、そいつは続けた。

2008.09.06.
白クマ塩ラーメンを食べる機会をうかがってる時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第3回
「天人種族の遺産を貴族連盟に無断で使用しただけで重罪なのに、その上、聖域と接触して壊滅させた罪まで負う形になってしまった。歴史上最大の罪状よ。魔術士同盟の保護を貴族連盟は認めなかった。あの子が同盟に所属していないのがばれて――」
 と、匙でも投げるように手をひらひらと回す。指をそのままこめかみに当てて、そいつは痛々しげに嘆息した。
「あいつが激怒して法廷は大荒れ。あいつはあいつで法廷に一度も来なかったし。こんな時あいつがいてくれればなんとかできたかもしれないのに、精神士の攻撃を受けて療養中だって。そのことも状況を悪くしたの。白魔術士は実質上貴族連盟の管理下にあるから、同盟は暗殺未遂を貴族連盟によるものと目して対決姿勢を強めてる。下手すると戦争になるかもしれない」
「戦争? 魔術士と貴族との?」
 これもまた飛躍した単語のようだったが、おうむ返しにもどってきてもそいつは顔色も変えない。となればさほど素っ頓狂な話というわけでもないらしい。
「魔術士同盟と貴族連盟。他にも教会総本山だって大騒ぎになってるらしいし、混乱を機に独立を狙っていたアーバンラマや、トトカンタだって自給自足ができる。ドラゴン種族の聖域が失われたことで、今まで無理やりに枠を嵌め込んで保たれていた王立治安構想が一気に弾けてしまった。新しい体制ができるのよ。これから、猛烈な勢いでね」
 顔をしかめ、そいつはさらに声色を沈めた。
「既に貴族連盟が殺し屋を放ったなんて噂もある。あいつらは是が非でもあいつを英雄にしたいんでしょうね」
「英雄に?」
「ええ。王立治安構想の殉教者にね。あいつらにとっては、あいつが世界を救って死んでくれるのが一番良かった。そうすれば後腐れないものね。まあその次に良いのが、世界を救った後に救世主として君臨すること。貴族連盟がその役目を見込んでいたのはあいつだったんでしょうけど……あいつも行方不明」
「…………」

2008.09.07.
いつも0時に更新してるけど23時に寝たい時はどうしたらいいんだろう不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第4回
 第二世界図塔の、あの後の出来事については、あいつからあらましを聞いている。あいつにとってはほとんどが理解できなかったことのようだし、実際自分にも分かりそうになかったが。
 はっきりしているのはあいつとあいつは死んだということ。死んだのはふたりだけではない。《十三使徒》は壊滅し、数人しか生き残らなかった。聖域側の犠牲者も少なくはない。
 すべてはあの装置を起動させるための犠牲だったのだ。装置によって大陸の滅亡を退散させ、完成し得ない完璧な安全――および免れ得ない確実な破滅――と引き替えにして、少なくともまっとうな可能性のある未来を手に入れるための。
 ディープ・ドラゴン種族もそうして自ら犠牲になった。
 こいつは、手の中で震える塊に視線を落とした。子犬を持ち上げると唇を寄せ、息を吐きかける。こんなことで温まってくれるかどうかは分からなかったが、震えは多少収まったように思えた。胸の上に抱きかかえ、こいつはその生命に頬を触れさせた。
 実感が込み上げてくる――自分は大きなものを喪ったのだ。なくしたものは二度と還ってこない。
 こいつがそうしている間、そいつもしばし考え込んでいたらしい。
 やがて顔を上げるのは、そいつよりやや遅れた。
「そうね。こんな時に王都にいるよりは、退院したほうがいいかもしれない。あなたはわたしが親御さんのところにとどけるから」
「帰りません」
 思った時には、言葉は口から出た後だった。自分の衝動に胸がざわめくが、だからといってそれを引っ込めようとも思えない。もとより、そのつもりでいたことだ。
「帰らない?」
 顔をしかめて訊ねてくるそいつに、こいつはうなずいた。
「親には伝言を送ります。しばらく帰れないって。わたしはあいつを追います」

2008.09.08.
ようやく次回で一段落な時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第5回
「なんで」
 詰め寄って、そいつは念押ししてくる。
「あの子は今や、派遣警察に追われる身よ。あなたの手に負える状況じゃない」
 そいつは止めようとしていたに違いないが、こいつは降りかかる言葉に別の意味を見出していた。
(そうだ。その指摘は正しい)
 それは分かる。以前なら、そこは無視して突っ切ったかもしれない。ほんのわずかにかもしれないが、今は違う。
 目の前にいるこのそいつは大陸でも有数の、本当に強力な魔術士のひとりだ。魔術士であるのがどういうことか、誰よりもよく知るひとりだ。実はピンときていなかったけれど、これも今なら分かる。
 そいつを真正面から見返して、こいつは告げた。
「今のわたしに無理なら、教えてください」
「教える?」
「魔術士としての訓練をして欲しいんです」
「そんなことをしてなにが――」
 なにになるのか。そうではない。こいつは首を左右に否定した。
「なにもできないのを変えたいんです」
 今、仮にあいつに追いつけたとしてもなんにもできない。なんの力にもなれない。
 自分にはその準備ができていない。自分だけではなかった――こいつは、手の中の重さをもう一度感じた。このディープ・ドラゴンはもう少し大きくならなければ旅に耐えられないだろう。
 そいつは困惑しているというより、その目には既に怒りが見えた。
「一人前になるなんていうのはね、場所を選んでなるもんじゃない。わたしに教えられてなれるものなら、お母さんのところでだってなれる。どう言ったら納得してくれるの」

2008.09.09.
ひとまずここまでの時の不定期連載。
『あいつがそいつでこいつがそれで』第6回
「一年間でいいです」
 それでも退かずに、こいつは前に出た。
「?」
「一年間、わたしに教えてください。一年後、やっぱりあなたの許可が出なければ、家に帰ります」
「…………」
 黙して、そいつは病室を見回した。
 なにを見たのか。こいつの見る限り、そいつの視線はどこにも留まらなかった。
 沈黙は決して短くない。張り詰めた空気を計算に入れても、錯覚ばかりではなく本当に長い静寂だった。ふと気づいた時にはそいつは動きを止め、そして指を三本立ててみせた。
「条件がみっつ」
 なにがいくつだろうと返事は変わらない覚悟はあるつもりだったが、こいつは唾を呑んでうなずいた。感情を交えずそいつは続ける。
「ひとつには、伝言で済まそうなんて駄目。一度ちゃんと家に帰りなさい。その上で家族に説明して承諾を得ること。あなたを預かるのなら、わたしも挨拶したいしね」
「はい」
「もうひとつは、生徒として来るのなら今度はもうお客とは扱わないからその覚悟はしておくこと。それに状況によっては、一年を待たずにあなたを家に帰すかもしれない。まあ、その公算のほうが強いでしょうね」
「はい」
 答えは分かっていたのだろう。そいつはやれやれと肩をすくめてみせた。
「みっつめは……そうね。一年後があったら、その時に言う」
「はい」
 そのみっつめの条件も、もう分かっているように思えた。
 そしてそいつがなにを見回していたのか。それも理解した。そいつは空気をのぞいていたのだ。王都の、そしてこれまで封じられ、時を停めていたこの世界が移り変わろうとしている、その流れを。
(きっと色んなことが変わっていく――わたしだけじゃなく、みんな)
 こいつはそれを感じていた。変化と戦い、かつ拒絶しないこと。それが絶望に対してあの人が世界に解き放った、ただひとつの願いだったのだから。